1. 「突然ですが、クイズです。名前を答えてください。ヒントは4つ」 それが唐突に始まるのはいつものこと。 それは今日のようにクイズだったり、最近の政治についてだったり、昨夜 見た夢の内容だったりするだけのことで、意図の見えない彼女の話は実は いつでもちゃんと着陸地点が決まっているから、火村が間違った応えを返 すと途端にご機嫌を損ねてしまう。 それも甚だしく。 「…ああ」 だから火村はいつでも、なんでもないようなフリをしつつも内心では冷や 汗を大量に流していたりするのだけれど、勿論そんなこと彼女は知らない し、気付かせもしない。 そんなカッコ悪いことは知られたくない繊細な男心だ。 「ヒント1.その名前は巷に溢れています」 暫く待って火村が答える気配を見せないことを確認すると、彼女は「ヒン ト2.」と顔の横で指を2本立てた。 「それにはマガイモノとホンモノがあると言われています」 「ほぉ〜それはそれは」 火村はまだ答える気がないようで、気のない相槌を返す。 けれどそれはいつもの彼の反応なので、彼女も気にせずもう一本指を立て た。 「ヒント3.それは時に殺意を生みます」 「……ふぅん」 ピクリと火村が反応する。 狙い通り、とすっかり色の落ちた唇がこっそり笑みを浮かべる。 「ヒント4.それは病気の名前でもあります」 「へぇ」 火村の薄い唇が僅かに緩んだ。 彼に比べればずっと柔らかく細い腕がソファの背中越しに火村の首に絡 められたから。 「…お答えは?」 甘い、甘い吐息が耳朶を擽る。 火村は腕を伸ばして彼女の頭をぐっと引き寄せた。 深く重ねられた唇と唇――。 「……これが答え?」 暫くして、漸く開放された唇からは少しばかり不満げな声が零された。 「採点は? 先生」 片眉を上げてわざとらしく問えば、再び重ねられた柔らかな唇。 「100点満点」 そんな囁きと共に。 ======================== 恋の病は草津の湯でも〜というオチ 『殺戮に至る病』/我孫子武丸 著 |
| 2. ふぅわりと香るそれを疎ましく思うようになったのはいつからか。 「もう金木犀の時期なんかぁ。最近時間が過ぎんのが早いなぁ」 「そりゃあれだろ」 「ん?」 「お前が歳くったってだけの話だろ」 無邪気なアリスの感慨に、火村はにやにや笑いと共に秋風よりも冷たいコメ ントを返す。 それ自体はいつものことだけれど。 「……な〜んか今日は棘があるなぁ。機嫌悪いんか?」 「いつものこったろ」 「いーや、いつもの3.5割増しや」 「どんな基準だよ」 「決まってるやろ、当社比や!」 「お前はいつから会社になった」 漫才のような遣り取りにクスクス笑いを零すのは、高齢の大家に代わって盆 に熱い緑茶と煎餅を運んできた、もう一人の下宿人。 知り合った時間は短いのに、彼らの中にするりと入り込んできた不思議な空 気の持ち主。 「貴女からも何とか言ってやってくださいよ、火村が俺をいじめるんですよ」 「何言ってやがる」 お茶を受け取ったアリスが大袈裟に嘆いて見せても、彼女は笑うだけで。 「…でも、最近本当に火村先生機嫌悪いですよね」 ぽつり、と水滴が落ちるように零された言葉に、火村は僅かに目を見開き、 アリスは「ほらみろ!」と勝ち誇った。 「何かあったんか?」 「…別に」 「嘘つけ、何かあったんやろ」 「何もないさ。いつも通り、時間は足らないし学生どもは煩い」 煙草を取り出して口に咥えると、心得たように差し出される灰皿。 それを暫し見つめながら、そういえばこれも臭いがするんだったなと思いつ いて、途端に吸いたい気分が失せてしまう。 「……参ったな」 煙草を箱に戻して溜息を一つ。 まさか気付かれていたとは思わなかった。 この時期あちこちから香る金木犀の匂いを嗅ぐ度に疎ましく思っていたこと なんて。 正確には金木犀だけでなく、匂いのきついものは須らく疎ましいのだけれど。 「さぁ、吐け。何があってん?」 「だから、何もないって言ってるだろうが。ただ…金木犀の匂いがキツすぎ て頭が痛いだけさ」 「……あぁ、確かにちょっとキツいかもなぁ」 「頭痛薬を持ってきましょうか?」 大家さんに湯冷ましを貰ってきますね、と腰を上げる彼女の背をぼんやりと 眺め見送った。手は知らぬうちに慣れた動作を繰り返して、一度は仕舞った 煙草を取り出し火をつけていた。 「大丈夫か、火村?」 アリスが心配げに顔を覗き込んでくる。 「ああ、大丈夫。なんでもないさ」 そう、なんでもない。 大したことは何もないのだ。 ただ、仄かに甘い彼女の香りが他のものに掻き消されてしまうのが惜しいだ などと、子供染みたこの感情があるだけで。 ================== 匂い 片思い火村さん |